原田直宏 写真展「2」| アーティストトーク
原田直宏 写真展「2」
アーティストトーク|Totodo|2026年10月9日(金)
原田直宏による写真展「2」の開催に合わせ、Totodoにてアーティストトークを行いました。
原田さんがTotodoで初めて展示を行ったのは2016年。今回で3度目となり、ちょうど10年の節目を迎えます。初期作品『Drifting(泳ぐ身体)』から『Tokyo Fishgraphs』へ。撮影するカメラも、被写体も、作品のつくり方も大きく変わった二つのシリーズを通して、これまでの制作を振り返りました。
一作目と二作目をつくることの違い、海外の出版社との仕事、写真に残る「目の癖」。話は、撮影した魚の行方や制作費、猫の夢、そして一枚の写真に託す目標へと広がっていきます。
登壇者
原田直宏(はらだ・なおひろ)
写真家・美術作家。1982年東京都生まれ。2010年、早稲田大学芸術学校空間映像科卒業。東京を拠点に、日本の視覚文化や歴史を探る写真作品を制作している。写真集に『Drifting(泳ぐ身体)』(2014年)、『The Third Room(三つ目の部屋へ)』(2018年、いずれもZen Foto Gallery)、『Tokyo Fishgraphs | 2020』(2022年)、『Tokyo Fishgraphs II』(2026年、いずれもLibraryman)。2022年、Libraryman Award受賞。
聞き手:大和田悠樹(Totodo)
10年のあいだに、何が変わったのか
大和田:
今回は、二つの旧作を同時に展示することになりました。改めて、その二つのあいだにどんなつながりを感じましたか。
原田:
ちょっと冒頭から話をずらすんですけど、まずTotodoとのことから話してもいいですか。
大和田:
どうぞ。
原田:
最初にここで展示したのが2016年の10月で、ちょうど10年なんですよ。早くないですか。
大和田:
早いですね。今回が3回目ですもんね。
原田:
そうなんです。10年間で3回、展示をさせてもらって。最初は南アフリカの写真家、アンディレ・ブカとの二人展でした。そのときもトークをやったんですよね。結構シュールな感じだったのを覚えています。
今回の展示にあたって旧作を見直したんですけど、一番最初の作品と最近の『Tokyo Fishgraphs』を比べると、ものすごく変わっている。自分でも「なんでこんなふうになったのかな」と思いました。
その変化を、自分の中でも一度整理してみようと。それを今回の展示に織り込んでみた、というのが企画のスタートです。
一作目は「点」、二作目で「線」になる
大和田:
どうして変わったんだと思いますか。
原田:
それを僕も今回、改めて考えたんです。自分でも、作品がかなり変化した作家だと思うので、どのあたりで変わってきたんだろうと。
まず、一番最初の作品をつくることって、いま振り返ると、ある意味では一番楽だったなと思うところがあって。すごく自由なんですよね。
アートという大きなフィールドがある中に、自分の作品でまず一個、点を打つような作業なんです。そのときは、どの方向へ行ってもいい。その中で、自分にできる表現は何なのかを考えて、とりあえず一作つくってみる。それが『Drifting』でした。
むしろ、ものすごく考えたのは二作目の『The Third Room』をつくるときです。一作目は自由度が高いけれど、二作目ではどうしても、そこからつなげていかないといけない。
一作目と二作目、二つの点ができると線になる。その線をどういうふうに、自分の中でつくっていくのか。「次の作品をつくる」ということの難しさを、そこで初めて感じました。
一作目はモノクロのストリートスナップだったので、二作目では、一作目でできなかったことにトライしようと思ってカラーにしました。モノクロからカラーへというのは、比較的分かりやすい変化ですよね。その中で表現を考えていたのが二作目でした。
でも、一作、二作と本を出して、アートブックフェアなどで実際にお客さんの前に本を出す経験をしていくと、ただつくるだけでは終わらなくなってくる。
お客さんにどうやって届けるか。そこまで初めて考え始めたのが、三作目の『Tokyo Fishgraphs』だったんです。
「東京のお土産」をつくる
大和田:
二作目には一作目の延長線上にある感じもありますけど、三作目はかなり違う作品になっていますよね。カメラが変わったことも大きいのでしょうか。
原田:
それもあります。ただ、その前に、人に届けるところまで考えてつくろう、という発想がありました。初めて、作品から「商品」をつくるような考え方に変えてみたんです。
制作を始めたのが2018年の終わり頃で、2020年の東京オリンピックが控えていました。もともと海外のアートブックフェアに行く機会が多かったので、今度はその海外のお客さんが東京にどっとやってくるんだ、と考えたんです。
その人たちが日本のギャラリーや書店を回ったときに、どういう作品や本だったら楽しんでくれるだろう、欲しいと思ってくれるだろう。そこから逆算する作業を、そのとき初めてしました。
オリンピックに合わせて展示ができて、本を売れたらいいなと。東京に来た人が持って帰る、「東京のお土産」みたいな作品ができたらいいなと思ったんです。
一作目、二作目で、ものすごく大きな成功をしたわけではありません。それまでの延長線上だけで何かをやっても、もっと遠くへ届くことにはならないかもしれない。それなら、大きく変えてみようと。
「東京のお土産」という発想と、それをやるためには自分の何を変えないといけないのか。その二つを考えたことが、この作品の前提にありました。
行動を変えれば、できるものも変わる
原田:
一作目は35mm、二作目は中判のフィルムカメラで撮っています。
35mmは機動力が高いので、軽快に歩いたり走ったりしながら撮れる。絵づくりの自由度も高いですよね。中判になると少し難しくなるけれど、それでも手で持って歩けるカメラです。技術を上げれば、手持ちで撮ることができる。
でも、今度はその「歩きながら軽快に写真を撮る」という作業を、一度止めてみようと思いました。根本的に、やり方から変えてみようと。
人って、「変わろう、変わろう」と頭で考えているだけでは、意外と変わらないじゃないですか。だったら、そもそもの行動を変える。行動が変われば、結果としてできるものも変わるだろうと。
そこで、手持ちのカメラをやめて、三脚に据えてセットアップしないと撮れない4×5の大判カメラを使ってみることにしました。
もう一つ、一作目と二作目には共通点があったんです。地面がほとんど写っていない、浮遊感のある写真をずっと撮っていました。
それを何年も続けていると、逆に日常の地面の模様がすごく気になってきて。「地面って、結構いい模様があるじゃないか」「この地面、格好いいな」と思うのに、それまでの作品では撮れない。そういうものをずっと見逃してきた中で、今度は地面を撮りたいなと思ったんです。
でも、ただ地面を撮るだけでは面白くないから、そこにありったけの妄想や空想を置いてみる。それが東京のお土産にもなる。そういう作品として始めたのが『Tokyo Fishgraphs』です。
計画が崩れて、海外の出版社を探す
大和田:
2018年頃に制作を始めて、出版されたのは2022年ですよね。そこまでは計画的に進んだんですか。海外の出版社から出ることになった経緯も教えてください。
原田:
まず、計画通りにはいかなかったですね。オリンピックの時期に作品を展示して、本を売ろうと思っていたのに、コロナでその計画自体が崩れてしまった。
ただ、逆に街から人がいなくなったので、撮影しやすい環境はできたんです。予定通りではなかったけれど、制作の面ではいい方向に転んだ部分もありました。
出版については、当時は出版業界自体もかなり止まっていました。最初に付き合いのあったZen Foto Galleryに持ち込んだんですけど、それまでの作品からの変化が大きすぎたこともあって、すぐに「出そう」とは言えない雰囲気だったんですね。
もともとの出版社で出す計画が進まなくなって、日本のほかの出版社にも連絡を取ってみました。でも、あまり見たことのない写真だったからなのか、なかなかいい反応が得られなかった。自分ではいろいろ研究してつくってきたんですけどね。
そもそも海外のお客さんに届けるつもりでつくった作品だったので、それなら海外の出版社に直接送ってみようと思いました。2021年頃は、いろんな出版社にメールを送っていましたね。
大和田:
Librarymanのアワードにも、ご自身で応募されたんですか。
原田:
アワードの前に、一度、直接作品を送っているんです。海外の出版社をかなりリストアップして、とにかく送っていました。接点もほとんどなかったので、まずはメールを送ってみるしかない。
これを出せなかったら、年齢的にも写真をやめようかな、と思うくらいだったんです。最初からLibrarymanと決めていたわけではありませんでした。
ただ、どこに送ればいいかは考えながらやっていました。インデペンデントの出版社だと、返信が来るところもあるんですね。Librarymanからは「来年アワードがあるから、そのときに出してみたら」と返事が来ました。
そのときに送ったものは、まだ今の形そのままではなくて、浮世絵の写真も入っていない状態でした。その後、アワードの形式に合わせて写真とテキストを送って、選んでもらったんです。
海外では、言葉にしないと伝わらない
大和田:
日本と海外では、制作の進め方に違いはありましたか。
原田:
ありますね。日本だと直接会って打ち合わせができるので、なんとなく空気感で「分かるよね」という部分があると思うんです。でも海外だと物理的に会えないので、その「あうんの呼吸」が使えない。
全部、文字やステートメントにして伝えないといけないんですね。
ただ、最初の二冊を出したZen Foto Galleryも海外に向けて本を売るギャラリーなので、自分の作品を英語で表現する作業は、初期から一緒にやっていました。その経験はLibrarymanとの制作にも生きたと思います。
一方で、作品とステートメントを渡すと、二週間くらいで完成形がぽんと出てくるような感じでした。作品を受け取った時点で、向こうには「こう仕上げよう」というイメージが見えているんだろうなと思いました。
大和田:
素材を渡して、向こうで本に仕上げてもらったんですね。Librarymanは出版社とデザイナーを一人で兼ねているから、早いというのもありそうですね。
原田:
それもあると思います。あまり直すところもなかったんです。作家と出版社との相性もあるでしょうけど、僕の場合は合っていたんだと思います。
大和田:
海外だから伝わりにくい部分や、意識的に調整したところはありましたか。
原田:
さっきの「お土産」という感覚はありますね。僕らが海外へ旅行に行くときも、一週間とか二週間しかいられないじゃないですか。そうすると、現地に暮らしている人とは全然違うものの見え方をしているはずなんです。
海外の人が日本を見るときにも、そういうずれはある。それを「正しい日本文化からずれている」と考えることもできるけれど、僕はむしろ、そのずれ自体を面白がって届けてもいいんじゃないかと思いました。そこを意識的に狙ったところはあります。
出版後は、今回はギャラリーがついていなかったので、メディアに取り上げてもらうための連絡も自分でしていました。反応はよかったですね。
ちょうどコロナで海外へ行けなかった時期のあとだったので、旅行に行きたい、外の世界を見たいという欲求もあったんだと思います。そのタイミングには合っていたのかもしれません。
出版社には「DNA」がある
原田:
最近、出版社との付き合いが増えてきて、それぞれにDNAみたいなものがあると感じるようになりました。大和田さんも、本を扱っているから分かると思うんですけど。
大和田:
ありますね。出版社ごとのキャラクターというか。
原田:
海外の出版社に出したいとき、どこへ送ればいいかを考える一つのポイントになると思うんです。過去の出版物の中に、自分と似た匂いのものがあるかどうかを探す。それは結構大事だなと。
Librarymanも前から知っていましたが、自分の本を出すことになって、過去の出版物を改めて研究しました。
たとえば、最初のアワードの受賞作に『Womb』という本があります。魚をテーマにした本ではないんですけど、少しグロテスクだったり、見ると痛みを感じたりする写真が集められている。表紙にも魚が写っています。
いわゆる「ハレ」の写真ではなくて、「ケ」の側にあるような写真集ですよね。華やかなものをそのまま撮るわけではない、というところに近さを感じました。
Lucile Boiron『Womb』
Libraryman / 2019年
それから、ロン・ジュードの『Executive Model』。街で見かけたスーツ姿の人を、変わった角度からフェティッシュに撮っている。僕はこの本が結構好きなんです。
Ron Jude『Executive Model』
Libraryman / 2024年改訂版
大和田:
確かに、原田さんにつながる感じがありますね。
原田:
そうですよね。一つのものをフェティッシュに追い続けて、それを繰り返す感じ。
もう一つ、ジョー・ライが日本の古典的な髪形を撮った本があります。日本の人が普段見る角度とは少し違う、日本趣味がある。
あとから研究してみると、この三つを足して三で割ったら『Tokyo Fishgraphs』になるな、と思ったんですよ(笑)。作品自体は全然違うんですけど、つながる要素はある。
だから結果的には、Librarymanから出たことには理由があったんだと思います。
写真の身体性は、撮る瞬間だけではない
大和田:
僕から見ると、初期の写真には身体性が強くあって、『Tokyo Fishgraphs』とはかなり違うものに見えるんです。でも原田さん自身は、つながっているものとして話されますよね。それが面白いなと思って。
原田:
事前にもらった質問の中にも「身体性」という言葉があったんですけど、写真の身体性って、撮るときだけにあるわけではないと思うんです。
特にフィルムの場合、まず撮る。それをネガにして、ベタ焼きをして、テストプリントを焼く。そこからさらに、本に使う写真を選ぶ。何重にもセレクトがあるんですね。
もちろん、撮る瞬間の身体的な癖もあるんですが、それは編集や選択の段階で、ある程度調整できます。それ以上に、長い時間写真と付き合っていると、最後まで残るのは「目の癖」なんじゃないかという印象があるんです。
何を見て、何を選んでしまうのか。そういう意味での身体性は、見た目の違う二つの作品の中にも残っていると思います。
別の出版社が、初期作品を選ぶ
大和田:
最近出た『The Artist’s Atlas: Tokyo』には、最初の写真集のシリーズから作品が入っていますね。これは、どうしてこの作品になったんですか。
原田:
これはChose Communeのほうから、作品名を指定して依頼が来ました。東京の場所を、それぞれの写真家の視点で紹介するような本をつくりたいと。
最初に僕が聞いたのは、「この作品、場所がほとんど写っていないんですけど、いいんですか」ということでした(笑)。それでいいという話だったので、未公開の写真を中心に渡したんです。
『The Artist’s Atlas: Tokyo』
CHOSE COMMUNE / 2026年
僕はいつも選ばれる側というわけでもないので、何を期待して声をかけてくれたんだろう、と考えました。そこで思ったのが、さっきの出版社のDNAの話です。
Chose Communeは須田一政さんの本を何冊か出しています。須田さんの写真には、すごくシャープなものも多いんですけど、あの出版社は、その中から少しマイルドな、温かみのある写真を引き出す印象があるんですね。
僕は、さっき話した「目の癖」という意味で、自分に近い写真家だと感じるのが須田さんなんです。ほかの人がどう思うかは分からないけれど、やっている作業や撮っている対象が似ているなと思う。
もしかしたら、そういうところを拾って声をかけてくれたのかな、と僕は解釈しました。本当のところは分からないですけどね。
須田一政『Holy Night』
CHOSE COMMUNE / 2022年
大和田:
写真のセレクトは向こうでされたんですか。
原田:
そうです。アウトテイクを中心に渡して、「これでいいですか」と戻ってきたものに、ほとんど修正は入れていません。
この本はちょっとお祭りみたいな、フェスティバルみたいな感じもありますよね。ガイドブックとしても買えるし、作家の作品のオムニバスとしても見られる。その時代の一種の記録として読むこともできる。買う目的がいろいろある本だと思います。
10年経つと、発見しかない
大和田:
最初の作品から10年以上経って、改めて掲載してみてどうでしたか。
原田:
写真って、一度本にして出すと、少し楽になるところがあるんです。作品をつくっているときは、自分の中に変な「憑きもの」を飼っているみたいなところがあって。本にして外に出すと、その憑きものとようやくお別れできるような感じがある。
だから、一度まとめた作品の未公開写真を改めて出すのは、気持ちの上ではかなり楽なんです。
当時から好きだったけれど、その本の中には入れられなかった写真も結構あります。今回は、それを向こうがいくつか拾ってくれた。自分の目の癖に、編集する側の癖が混ざっているのが面白かったですね。
大和田:
二回目に出すと、また憑きものが落ちるんですか。
原田:
いや、もう落ちないんです。今度は発見しかない。10年以上経っていますから。
たとえば、今回の展示のDMに使っている赤ちゃんの写真。あれは当時から結構好きだったんです。でも、最初の写真集の中に共存させるのはどうかな、と思って入れなかった。
あの頃は、もっと純粋な妄想の世界に行きたいと思っていたんですね。
一作目を出したとき、一つだけ順番を間違えたかなと思ったことがありました。ギャラリーで展示をしていると、僕のことを知らないお客さんが来て、「もっと高齢の方がつくっていると思いました」と言われたんです。
最初の作品なのに、人生の最後につくるような雰囲気があるんですよね。少し、あの世に近づいていくような感じというか。だから、つくる順番として、変な順番で出してしまったところはあるのかもしれない。
赤ちゃんの写真には、それとは違う、生まれてくる感じがある。Chose Communeには温かい写真集が多いと思っていたので、やっぱりそういうところを拾ってくれたんだなと感じました。
大和田:
自分のセレクトとは違う温かみが出たんですね。
原田:
そうですね。それはよかったなと思います。
『Tokyo Fishgraphs II』と「Daydream」
大和田:
『Tokyo Fishgraphs II』も、最初の本に入らなかった写真を集めたものなんですよね。
原田:
そうです。直接のきっかけは、Lemaireの「A Box of Impressions」という展示へのお誘いでした。今年の2月頃にメールが来て、『Tokyo Fishgraphs』の作品で参加しませんか、と。
もともとこのシリーズは、歌川広重の『名所江戸百景』にならって、100点つくろうと思っていたんです。でも、魚を100種類選ぶのは難しくて、70点くらいで止まりました。その中から最初の本に入らなかった写真が、かなり残っていたんですね。
せっかくいい機会なので、そういう写真を出してみようと思いました。だから最初は、本のためというより、その展示に向けてどうセレクトするかを考えたんです。
パリのパレ・ロワイヤルにLemaireの新しい店ができて、そのオープンに合わせた企画でした。そこに暮らしていた作家のコレットにちなんだ展示で、参加する写真家にいくつかキーワードが提示されていたんです。
みんながコレットと直接つながる作品を持っているわけではないので、その中から自分の作品に合う言葉を拾って、写真を選んでください、という話でした。
その一つに「Daydream」があって、それならこの作品から拾えるなと思ったんですね。それに、ファッションブランドで展示することも考えて、装飾性のようなものも少し意識して選びました。
大和田:
『I』と『II』はそれぞれ独立して見るものですか。それとも、一緒に見てほしいという感じでしょうか。
原田:
最初は、前の本にくっつけて出そうかという話もありました。ただ、予算や出すタイミングのこともあって、今回は独立した本になっています。両方あったほうがいいとは思いますね。『II』だけだと、量は少ないので。
大和田:
二冊の違いは、どんなところにありますか。
原田:
最初の本はLibrarymanの編集がかなり入っています。僕の写真は、もともと結構おどろおどろしいものが多いんですけど、出来上がった本はものすごく明るかったんですよ。
「俺、こんなに爽やかな写真集がつくれるんだ」と驚きました(笑)。すごく見やすい本になっていた。
一方で『II』は、写真のセレクトは完全に僕です。さっきのテーマを考えながら、最初の本に入らなかったものから選んでいるので、少しおどろおどろしい雰囲気が戻っているかもしれません。
撮った魚はどうするのか
大和田:
ちょっと話がずれるんですけど、原田さんに聞きたかったことがあって。撮影した魚って、そのあとどうしているんですか。
原田:
洗って、火を通した料理にして食べていました。
大和田:
食べてるんですね。
原田:
もったいないじゃないですか(笑)。
そもそも魚を被写体にした理由には、制作費のこともあったんです。人をモデルとして一日撮影すれば、数万円はかかりますよね。自分の制作では、なかなかそれは継続できない。
でも魚だったら、かなり立派なものでも数千円で買える。「この金額で、こんな立派な魚が買えるんだ」と思ったんです。しかも、そのあと料理にできれば、撮影のためだけに使って終わるわけでもない。
大和田:
魚屋さんで、すでにさばかれたものを買っているのかと思っていました。
原田:
丸ごと買って、一度家に持って帰るんです。そこで「どう撮ろうかな」と考える。頭だけでいくのか、全身を持っていくのか。陶器と合わせてみて、どういう感じがいいかを見たりします。
頭だけのほうがいいと思ったら、先に身を落として冷蔵庫に入れて、頭だけ撮影に持っていく。全身を使うときは、そのまま持っていきます。
大和田:
生き物を扱っていることへの反応はありましたか。
原田:
写真集に対して、面と向かって批判されたことはあまりないですね。ただ、撮っているときに人と遭遇して、怒られたことはあります。家の前だったりすると、「魚臭くなるでしょう」って。それはそうだなと。
あと、猫がものすごく寄ってくる場所があるんですよ。下町の路地なんかだと、実は周りに猫がいっぱいいる。猫を散らしながら大判で撮っているので、撮影している姿は相当シュールだと思います。
毎週魚屋へ通って、目利きになる
原田:
魚は鮮度も大事なんです。翌日に持ち越すと、目が変わってしまう。目のきれいさは、写真にはっきり出るんですよ。
魚屋へ行く曜日も意識するようになりました。日曜日は市場が閉まっているので、土曜日の魚が並んでいることがある。土曜日に買った魚と日曜日に買った魚で、違いが出るんです。
この写真の魚なんか、すごく目がきれいでしょう。こういうものは、日本の魚屋だから買えるんじゃないかと思うくらいです。
三年くらい、毎週のように魚屋へ通っていましたから、だんだん目利きになってくるんですよ。味の目利きじゃないですけど(笑)。「この魚、本当にいい顔をしているな」とか、魚の表情の違いが分かってくる。別の意味で、魚を見る目が変わってきました。
一枚の写真と、一冊の本にかかるお金
大和田:
撮影は、一匹につきワンカットくらいですか。
原田:
いや、何カットかは撮ります。でも、持っていけるフィルムの数にも限りがあるし、制作費のことも考えますね。
今だと、4×5のフィルムは一枚で千円くらいして、現像にも千円くらいかかる。ワンカットで二千円くらいです。そこに魚の代金もあるので、たとえば四千円の魚を一枚撮ったら、それだけで六千円になる。
だから、そんなにたくさんは撮れません。この一枚にいくらかかっているか、いくらで仕上げられるか、ということをだんだん考えるようになる。アーティストらしくないかもしれないですけど、制作費との戦いはあります。
大和田:
写真集を海外で出版した場合は、日本で出すのと作家への入り方は違うんですか。
原田:
そこは、あまり変わらない可能性もあります。出版社や条件によるので、一概には言えないですけど。
ただ、向こうではコマーシャルのフォトグラファーが写真集を出すことが、日本より一般的なのかなとは感じます。特にファッションは大きな産業ですし、写真と切り離せない。その中で仕事をしている人が、お金を出してでも自分の本をつくって、存在を示していくということはあると思います。
大和田:
本そのもので収益を上げるというより、別の仕事につながるプレゼンテーションのような位置づけですね。
原田:
そういう場合もありますね。僕のように作品をつくって本にする人と、ファッションの仕事とのつながりで出す人が、入り混じっている感じはあります。
制約があるから、集中できる
原田:
日常の中でカメラを持っていて、気になった瞬間を撮る写真家は多いですよね。僕も一作目の頃は、ずっとカメラを持っていました。
でも最近は、新しい作品を始める段階で、かなり設計するようになりました。こういうコンセプトで、こういう被写体を使って、こういう方法で撮る。だいたい何点つくって、いくらかかるか。そういう予算まで考えて始めています。
それがいいのか悪いのかは分からないですけど、10年以上続けていると、どうしても考えるようになるんです。
ただ、お金のリミットがあることは大事だと思っています。自由度が高すぎる環境は、アーティストに必ずしもいいものをもたらさない気がしていて。
大和田:
制約があれば、工夫せざるを得ないですよね。
原田:
そうなんです。『Tokyo Fishgraphs』も、大判を使う、魚を使う、地面を使う、という境界線を自分でいくつかつくった。そうすると、その中で集中して考えればいい。
一作目は自由で楽だったと話しましたけど、いま振り返ると、何をやってもいいという自由度の高さは結構つらいものでもあります。
大和田:
この作品は、中判でも成立しそうな感じがします。
原田:
成立すると思います。6×7くらいでも十分だったと思うんです。でも、大判を使うことには、気持ちの問題も大きいんですね。
絞り込んだときの写り方の違いはありますが、それ以上に、完全にセッティングをして、一枚を撮る。そのプロセスがすごく儀式的なんです。大判を持っていった段階で被写体への敬意が最大になる、という話がありますけど、それに近いですね。
「この写真、見たことがある」を目指して
大和田:
今回、「2」というタイトルで昔と今の作品を一緒に見てみて、どう感じていますか。
原田:
普段は新しいものをどうつくるかしか考えていないので、自分の癖や昔の作品を改めて考える機会は、あまりないんです。だから今回は、ある意味「棚卸し」みたいな感じですね。
全然違うと思っていた昔の作品と今の作品にも、こうやって並べると共通点がある。被写体への向き合い方や身体性も、意外と残っている。その一方で、少しずつ変わってきたところもある。
もうここへ戻ることはないと思います。でも、ここから少しずつ脱皮してきた先で、次はどこを目指すのかは常に考えています。
僕の目標の話をしてもいいですか。大きな目標なんですけど。
大和田:
どうぞ。
原田:
いつか博物館で展示されるような、「作家の名前は分からないけれど、この写真は見たことがある」というイメージをつくりたいんです。名前が知られるというより、一枚の写真が残ることを目指したい。
海外へ行くと、北斎の波の絵でも、作家や背景を詳しく知っているというより、「あ、これ見たことある」というところから始まることがあるじゃないですか。文化や国境を越えると、思っていた以上に知られていないことも多い。まずイメージが残るというのは、すごいことだと思うんです。
僕は高橋松亭の猫の版画が好きで、家にも飾っているんですが、自分の魚の写真と並べてみたら、すごく合うと思ったことがあって。「これ、よくないですか」と言いたくなる組み合わせだったんですよ。
猫の版画と魚の写真を並べて。アーティストトークより。
大和田:
猫と魚ということですね。
原田:
それもあるんですけど、目つきとか、何とも言いづらい感じとか。なんでこうなっているんだろうと思うのに、忘れられない。そういうところに近さを感じたんです。
僕だけかもしれないですけどね(笑)。でも、そういう組み合わせを見つけると、すごくうれしいんですよ。「やりたかったのはこれだ」と思う。そこにも、自分の目の癖があるのかもしれません。
近くで撮っているのに、遠く見える
質問:
設計の話を聞いていると、撮る瞬間だけでなく、もっと広い工程が写真をつくることなのかなと思いました。実際に撮るときには、どういう感覚があるんでしょうか。
原田:
フィルムは一枚撮るのにお金がかかるので、シャッターを押すときにはプレッシャーがあるんです。そのときに、人間の本性が出るようなところはあると思います。
今回二つの作品を並べて、自分では距離感が似ているなと感じました。遠くから撮ってもいいはずなんですけど、僕はクローズアップで撮らないと、被写体を撮った気になれない。ものをつかんだ気にならないんですね。
初期の写真も、結構近いんです。50mmのレンズで、だいたい一メートルくらいの距離から撮っているものがあります。
質問:
遠くから撮っているものだと思っていました。
原田:
すごく近くで撮っているんだけど、ものすごく遠くから見ているような写真じゃないと、自分の写真ではない感じがするんです。その感覚は、二つの作品のあいだに残っていると思います。
人間が普段見る目線から、少しずれている感じもありますよね。三脚を立てても、手持ちで撮っても、そこはあまり変わらないのかもしれません。
ただ、一作目は35mmで大量に撮った中の、本当に一部だけが残っているんです。そこでは、自分の目の癖で選んでいる。一方、大判ではそこまで大量のロスを出せないので、最初から自分の目の癖に合わせて、作業を組み立てている感じです。
僕は、雑多なものやノイズがたくさんある環境の中で、何か遠くにあるようなものを撮りたい。そのあたりも、自分の身体性なのかもしれません。
写真に残る、人と街の時代
質問:
初期の写真では、人の生々しい感じが弱まっている印象があって、相手に気づかれないように撮っているのかと思っていました。
原田:
そこは編集の段階ですね。当時は純粋な空想のようなものを表現したかったので、選ぶときに、その人の個性や人生が見えるような写真をあまり拾わなかったんです。撮影したネガの中には、そういうカットも入っています。
それと、ストリートで人を撮ることは、時代的にだんだん難しくなっていますよね。須田さんの写真を格好いいと思っても、今同じことができるかというと、街も人も違う。
僕の世代になると、外見に人生が強く出ている人が少なくなってきたようにも感じます。昔の写真を見ると、人の顔つきに勢いがあるんですよね。
たとえばバブルの頃のクリスマスを写した写真を見ると、みんなすごく派手なんです。当時は普通に見えたものでも、今見ると面白い。その時代の人の姿が写っている。
この前、タイへ行ったんですが、バンコクには今発展している部分と昔の名残が一緒にあって、街や人を撮ったら面白いだろうなと思いました。そういう時代や場所の違いも、写真には関わってくると思います。
裏テーマは「猫の夢」
質問:
魚と一緒に、猫も写っていたら面白そうですね。
原田:
それはやりたいと思ったんですけど、結構難しいんですよ。大判で絞り込んで撮っているので、明るい場所でも二秒くらい露光している写真があります。暗い場所だと三分くらいのものもある。猫にそのあいだ、じっとしていてもらうのは難しいですよね。
35mmなら撮れるかもしれませんけど、それだとまた違う写真になってしまう。
実は「猫の夢」というのは、裏のコンセプトとしてあるんです。猫が夢を見たら、こういうふうに魚が飾られているんじゃないかとか、猫が写真を撮っていたらどうなるんだろう、とか。魚をファッションモデルのように撮る、という考え方もあります。
Lemaireの展示のために選ぶときも、そういう連想はありました。最初はブランドのことをそこまで詳しく知らなかったので、お店へ行って、一週間くらい調べてみたんです。
そこで、ブランドを象徴するようなバッグがあると知った。自分の写真を探していたら、それに重なるように見える魚の写真があって、「一致するフォルムがあるんだ」と気持ちが上がりました。
僕の中では、表紙の写真は猫のための魚の幻のバッグ、という勝手なオマージュなんです。
海外で本を出すと、見えてくるつながり
原田:
仕事をしてみて分かったのは、向こうにもいろんな人のつながりがあるということです。日本の写真の世界でも「あの人を知っている」ということはありますけど、海外でも、話してみると実は予想もしなかった人と知り合いだったりする。
その中に一度入ると、日本からでは届きにくかった人に、本や情報が届くことがある。どういう経路で誰が作品を見てくれたかは、全部分かるわけではないんですけど。
海外の出版社で出すことには、そういう、外からは見えにくいつながりの中に作品が入っていく面白さもあるんだなと思いました。
魚を抱えて歩く、恵比寿さんのように
大和田:
『Tokyo Fishgraphs』は、原田さんの立ち位置をかなり変えた写真集でもありますね。
原田:
うまくいかないときほど、人間はすごく頭を使うんだなと思いました。今までのやり方が続けられなくなったときに、底力が出るというか。
この作品の新しい出版社を探していたときのエネルギーは、自分でもすごかったと思います。
三年、四年と、毎週魚を撮っているわけじゃないですか。カメラを持って、もう片方の黒いかばんには、保冷剤と生魚が入っている。それで毎週末、街を歩いているんですよ。
でも、毎週やっていると、それがだんだん当たり前になってくる。「今日はどんな魚があるかな」と思いながら歩いている。
そんなとき、恵比寿駅前の恵比寿さんの像を見ると、ちょっと救われたんです。あの人も魚を抱えているじゃないですか。魚を抱えたおじさんが、幸運の神様になっている。
「俺は恵比寿さんと同じことをやっているんだ。むしろこっちが正しいんだ」と、自分に言い聞かせていました(笑)。
それなのに、この作品が本にならなかったら、何年ものあいだ、毎週末ずっと魚を持って歩いていた自分は何だったんだろう、と。だから、ものすごいエネルギーが出ていました。
うまくいかないときや、突然変異のようなことが起こったときに、人間の進化が問われるんだと思います。
※本稿は当日の文字起こしをもとに、発言の重複や言い直しを整理し、一部の順序を調整した採録です。













